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僕らはみんな生きている

これまた極めて私的な事柄なのですが…一昨年の12月に、僕は衝撃的な感覚を体感しました。生きていると思わぬところで思わぬことに遭遇するものです。

その年の夏頃から体調が本調子に程遠く、公私共にお世話になっている先生にご高診いただいたのだけれど、1週間程度の入院を要する心臓カテーテル検査を受けるよう強くすすめられました。

 あなたは働き過ぎだったのですよ。
 たまにはこんな風に立ち止まることも必要なのだと思います。

先生の仰るように、たまには自分のことを大事にしてみようと、僕は検査を受けることにしました。師走の忙しい最中に休みを取って良いものかと迷う気持ちは多分にあったのだけれど、生まれて初めての入院が、著しく痛いところも病んでいるところもない健康な状態での検査入院と云うことで、時間を気にしない時間を、優雅に読書でもして過ごそうと思えたのです。

心臓のカテーテル検査は、手首や足の付け根にある動脈から圧力を測るためのカテーテルと呼ばれる細く柔らかいチューブを心臓へ入れて、造影剤を使って心臓の各部屋の大きさ・筋肉や弁の動き・冠状動脈が狭くなっているかどうかなどをみたり不整脈の原因は何かなどを詳しく調べる検査で、異常がなければ30分程度で終わると説明をされていました。

心カテ検査当日、
僕は検査着に着替えストレッチャーで施術室へ運ばれたのですが、そこには先生はじめ医療チームが大勢いて、局部麻酔注射や動脈にステント挿入など、周りがとても物々しかったのを覚えています。

いやはやこれは…
検査というか手術だな…と、
救命病棟24時や白い巨塔のワンシーンを思い出しながら、何となく自分を傍から見ていた気がします。

入室から暫くして、先生から
「胸が少し熱くなりますよ」と、
造影剤を注入されたとき、それが起こりました。

胸がカーっと熱くなり、
心臓がドクンと鼓動した瞬間…
僕の心臓は僕の身体に血液を送り出したのです。

それは自分の意思とは関係のない所で、勢いよく送りだし、それをもう一人の自分が認識する…。


正直、感動しました。とても。
あぁ、僕はこうなっているんだと。


震えるほど寒い施術室の中にあって、僕の血液はとても熱く、手の先から足のつま先まで行き渡るのです。

この時、生きている って凄いことなんだと、初めて知ったのでした。

tisio


…当時42歳の僕は
とても焦っていました。

40歳になる少し前から、転換点を意識するようになり、その転換点は僕のこれからに大きな意味を持つであろう、大事な大事な転換点だと思っていたのです。

そんな思いとはうらはらに「四十にして惑わず…」とはいかずの惑いっぱなしで、なかなかその転換点が見つからず42歳になってしまっていたのです。

…歳を取ることは仕方がないことですが、この時期に達成されるべき何かが達成されないまま過ごしてしまうことは、仕方がないことではありません。
40歳という節目は、何かを取り、何かをあとに置いて行くことで、それまではできなかったことができるようになり、かわりにそれまでは簡単にできると思ってやっていたことができなくなってしまうということではないだろうかと、本で読んだことを思い出します。


あの衝撃的な感覚は、そのような精神的に未熟な僕に「よく生きること」の意味を教えてくれました。


時折 手のひらを太陽に透かしてみて、真っ赤に流れる血潮を感じることが、今の僕を支えてくれているようです。


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